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今日はちょっとコラムを。自分が英語を学ぶにあたってふと思い出す、英語学習のエピソードです。
そして、「もっと学習しよう!まだまだ足りない!」とやる気を取り戻せて、 「何のために英語を勉強しているんだったっけ?」「この方法で本当にできるようになる?」と、原点に立ち返らせてくれるエピソードでもあります。自分のためにも、文字に起こしておこうと思います。



ep.
1 モンゴル人通訳者の英語学習の話

大学生のとき、バックパッカーで海外旅行するサークルに入っており、1年次に8人ほどでモンゴルへ行きました。2週間ほどかけて、車で内陸部の遊牧民の方々が生活している地域をぐるっとめぐる旅行。初めはドライバーだけ現地で見つけお願いするつもりでいて、そのことを首都ウランバートルのホステルのおばちゃんに話したら、「英語が喋れるドライバーはいないよ!」「内陸に行ったら、モンゴル語が喋れないと寝る場所にも食べ物にもありつけないよ!」と教えてもらいました。

そこで私たちは、英語を話せる通訳さんを手配してもらい、ドライバーや現地の方との意思疎通のために同乗してもらいました。当時19歳の私より年下の18歳の彼(仮名:ドリュー)。多少のモンゴルなまりこそあれど、現地の人の話すことを本当にペラペラと英語に訳してくれて、私たちはとても助けられました。一方で、ドリューが日本のことや私たちにすごく興味を示してくれ、たくさん話しかけてくれてるのに、何を言っているか単語を知らないがためにわからず、また答えたくても日本語から英語に変換できず、もどかしく感じていました。

首都を出発して3日ほど経ち、少し打ち解けてきて夜ゲルでお酒を交えながら話していたとき、「なんでドリューはそんなに英語がペラペラなの?」と私たちの1人が聞いたところ、
「通訳の仕事をするために、半年前から学校で英語のクラスを取っているんだ」と。
絶句した私たち。半年でこんなにペラペラだと・・・・?!
そしてドリューは私たちに聞きました。
「君たちはモンゴルに来るためにちょっと勉強したのかい?」
私たちは恐れずにはっきりと答えましたよ、「中学生のころから、かれこれ7年間も英語を勉強してるよ」と。
ドリューのほうが絶句してました(笑)

なぜたった半年の勉強でそんなに英語ができるのか聞いたところ、何でも英語のクラスでは、一切テキストを用いたりせず、テーマを決めてひたすら英語で話すのだそう。英語の先生が間違っているところがあればその都度なおしてくれるとのこと。そしてオフの時間に自分で英単語を一生懸命覚えていると言ってました。

そもそも「英語がペラペラ話せる」ってどういう状態のことでしょうか。「母国語を話すのと同じように口から英語がスムーズに出てくること」ではないかと私は思います。そうだとすると、ドリューの勉強は理に適っています。英語しか話せない環境に身を置くことで、まず英語を話すこと自体にためらいがなくなり、知っている単語でなんとか自分の思いを言葉にしようとします。つまり頭の英語変換の機能と、英語を話す口が鍛えられます。そして単語をひたすら覚えることで、頭と口に燃料を注ぐように、話せることが増えていきます。 (加えてドリューの場合は、まだまだ遊牧生活している人が多く、都市に暮らす人も生活水準の格差がとても激しい当時のモンゴルで、生活を賭けて勉強していたと思うので、学習の量・質ともにハイレベルだったのも要因の一つかと思います。)

ペラペラ話せつようになるためには、究極的には文法の知識はいらないのかもしれません。語彙を増やすこと。そして自分の思いを伝えようと、自分の知っている単語を駆使してとにかく必死に話す練習を、繰り返し積むこと。これが肝だと思いました。



ep.
2 タクシー運転手さんの英語学習の話

以前英検準2級を受けた際、風邪を引いていたため混んでるバスを避け、会場近くまでタクシーに乗りました。会場となっていた大学の100mほど手前で降ろしてくださるようお願いしたところ、運転手さんから「でも日曜日って大学やってるの?」との質問。「今日実は英検の試験がそこであるんです。受験するんです~」とお話したら、「いいね~!英語は絶対できたほうが楽しいよ!!」とのお返事を皮切りに、めちゃくちゃ話が盛り上がりました。

なんでもそのタクシー運転手さん、前職はスロットの製造メーカーの技術をされていたそうで、サンフランシスコ、フランス、オーストラリア等々、各地のカジノなどを飛び回っていたそう。特にサンフランシスコは1年間出張に行かれていたそうで、英語にまつわる思い出話をたくさん話してくださいました。

運転手さんはサンフランシスコの出張前に、1年間外国人の先生からマンツーマンのレッスンを受けていたそう。でも現地についてから2~3か月は全然会話を聞き取れなかったそうです。一緒にプロジェクトに携わった技術の方たちは、運転手さんがわかるようにゆっくりと話してくれるし、技術に関する用語はいくつか決まり切っていたため聞き取れたが、事務や経理の人は彼らの話したいように話すため、全然何言ってるかわからなかったとのこと。

運転手さんいわく、「日本での先生は、こちらがわかりやすいようにゆっくり正確な英語で話してくれるし、こちらが変な英語を話しても意訳して理解してしまってくれていた。」「それで英語ができた気になっていたが、実はそうではなかった。1年向こうにいたら何とか不自由しなくなったが、ネイティブレベルになるようには、周りの同僚を見ていたら、2〜3年は住む必要がありそうだ。」とのこと。この言葉に私は、語学学習の深淵をのぞいた気がしました(笑)

よくよく考えれば、英語圏の子供たちだって、大人と問題なく意思疎通をとれるようになるまで生まれてから3年はかかるもの。大人の私たちは物事の概念をすでに習得しているので、簡単に比較はできないけれど、彼らと違って英語のシャワーを浴びない日本にいることも併せて考えると、問題なくコミュニケーションが取れるまでやはり3年ほどかかるのではないでしょうか。
逆に言えば、3年脇目も振らずに英語学習に没頭すれば、英語で現地の人とコミュニケーションを取れるようになれるということ!一生のうちの3年間、あなたは長いと思いますか?短かいと思いますか?

その運転手さんは、カントリーミュージックが好きとのことで、タクシーの車内でもiPodを繋いで英語で聞いていました。でも、歌ともなると今や半分も聞き取れないとのことでした「これが聞き取れたら、すごく楽しいんだろうな~音楽情報も英語で出たものをすぐに自分で読みたいんだ。」と仰ってました。私も映画が好きなので、映画を字幕なしで観れたらどんなに楽しいか 思います。彼の努力を超えられるかどうか、3年間努力できるかどうか、自分に問ういいきっかけとなりました。

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私が聞いた英語学習にまつわる2つのエピソードを書き起こしました。
みなさんにとっても、学習方針を考える材料に、そして日々の学習を頑張るやる気スイッチになったら嬉しいです。